斎藤研:超高分解能陽電子寿命測定装置の開発


背景

 線源(放射性同位元素、主に22Na)からβ+壊変に伴って放出された陽電子は、周囲の原子・分子との相互作用により徐々に減速し、やがて電子と出会い対消滅(ついしょうめつ、陽電子と電子の質量が全てエネルギーに転換され電磁波として放出される)する。一部の陽電子は、出会った電子とポジトロニウム(Ps)と呼ばれる水素様原子を形成し、ある寿命を経て対消滅する。

 ここでPsのスピン状態に着目すると、陽電子と電子のスピンが平行なo-Ps(オルソ−ポジトロニウム)と、反平行なp-Ps(パラ−ポジトロニウム)の二種類が形成される。荷電パリティ保存則によりo-Psは主に3本のγ線に壊変するため、主に2本のγ線に壊変するp-Psよりも1000倍も寿命が長い(対消滅しにくい)。これだけ寿命が長いと、o-Psを形成する陽電子はペアの電子と消滅するだけではなく、近傍の電子のうちスピンが反平行のものとも対消滅(これを"pick-off消滅"と言う)することがある。陽電子やPsは、このように複雑な振る舞いをするため、寿命を測定すると一般的に複数の成分が見出される。これらの寿命成分の長さや相対的な割合を調べると、陽電子やPsが周辺の原子・分子等とどのような相互作用をしたのかが見えてくる。

 ここで我々が得られる情報は、β+壊変に際して陽電子とほぼ同時に放出されたγ線(核γ線:E=1.27 MeV)が放射線検出器に届いた時刻(スタート)と、電子と陽電子の対消滅に際して同時に放出されたγ線(消滅γ線:E≦0.51 MeV)が検出器に届いた時刻(ストップ)の二つである。この両時刻の差違を、ある陽電子の生存時間とする。このように多数の陽電子の生存時間を測定し、その期待値を陽電子の寿命と定義する。この寿命を測定するシステムが陽電子寿命測定装置である。

 従来の寿命測定装置は、役割の特化した電子回路製品(モジュール)の組み合わせである。例えば、スタート信号とストップ信号の時刻差を知るためには、スタート信号を受けてからストップ信号を受けるまでコンデンサーへ一定速度で充電するモジュール(TAC)と、その電荷が開放される際の信号の強度(時間に比例する)をデジタル変換するモジュール(A/D)を組み合わせて用いる。このような寿命装置の時間分解能は200〜250 ps(p=10-12)程度が限界であった。これは、p-Psの寿命が125 ps(真空中)であることを考えても不十分である。


本研究室の成果

 これに対して、本研究室では、放射線検出器からの出力信号を直ちにデジタル・オシロスコープで記録し、そのデジタル化された波形をソフトウェアで後から解析することにより、100〜150 ps程度の時間分解能が安定的に得られる事を明らかにした。即ち、増幅、積分、微分といった、モジュールが担っていた信号処理の大部分をデジタル化することで信号劣化や装置の時間変化(ドリフト)が防止され、またイベント毎に微妙に異なる信号形状にも対応する演算が可能で、更に信号の取捨選択を精度良く行うことでノイズを大幅に減少させている。

 また、最近は高性能なデジタルオシロスコープが比較的安価に購入できるようになり、コストの観点からもアナログモジュールよりも有利であるため、今後、世界中の寿命測定装置が本研究室に倣ってデジタル化される可能性も高い。

 放射線計測の分野では、極めて発光量の大きなLaBr3シンチレータ結晶や、光電子増倍管よりも量子効率が高いとされるSiPM (G-APD)素子など、技術革新も相次いでいるため、更なる時間分解能の改善に向けて寿命測定装置の開発を行っている。

2010年3月25日 澁谷記