斎藤研:スピン軌道相互作用によって引き起こされるポジトロニウムの反応の研究


背景

 電子と陽電子からなる水素様原子(ポジトロニウム、Ps)のうち、電子と陽電子のスピンが平行なオルソ−ポジトロニウム(o-Ps)は寿命が比較的長く、真空中では142 nsである。また、気体等の物質中では周囲の原子・分子との相互作用により、一般的に真空中よりも寿命が短くなる。この主な原因は、陽電子がo-Psを構成する相手の電子(スピンが平行)ではなく周囲に数多く存在する自身と反平行のスピンを持つ電子の一つと対消滅する、いわゆる"pick-off消滅"である事が知られている。

 ところが、pick-off消滅であれば、Psの周辺環境を希ガスとした場合に、He、Ne、Ar、Kr、Xeと原子番号が大きくなるにつれて、Psを形成してから消滅する陽電子の割合が次第に大きくなると予想されるが、実際にはKr、Xe中のPsの強度はHe中のPsの強度よりも小さい事が知られており、その理由が長らく不明であったため「Xe問題」と呼ばれていた。これに対して、オーストラリア人の理論家Mitroy博士は2003年に、Psが原子番号の大きな原子に衝突する際に、相対論的な効果(スピン−軌道相互作用)によりo-Psがスピン転換されてp-Psとなる可能性を指摘した。



本研究室の成果

 スピン転換の有無の検証は困難であるが、本研究室では磁場を用いた巧妙な検証方法を考案し、スピン転換の断面積(確率)を求める事に成功した。これは、磁場下ではPsの基底状態が変化し、p-Psとo-Psの混合状態が生じることを利用したものである。Psのスピン転換は、約40年ぶりに発見されたPsの新しい反応機構である。詳しくは、下記の論文と解説(訳)を参照されたい。

 今後の課題として、スピン転換断面積と原子番号の関係についての詳細な検討や、スピン転換断面積の温度(エネルギー)依存性に関する調査が残されており、新しい実験システムを構築中である。

論文:Haruo Saito and Toshio Hyodo: "Experimental Evidence for Spin-Orbit Interactions in Positronium-Xe Collisions", Phys. Rev. Lett., vol. 97, pp. 253402 1-4 (2006).

解説(訳):澁谷記20090514

2010年3月26日 澁谷記